特定非営利活動法人KITARU
森 新太郎(もり しんたろう)さん
どのような事業をされているのですか?
三鷹駅北口徒歩2分の場所で、障害のある方のはたらくことをサポートする就労移行支援事業所を運営しています。これまで私は、武蔵野市を拠点に、精神科や心療内科に通う方々の相談業務やメンタルヘルスに関する啓発活動、福祉教育などを行ってきました。今までの経験から、いわゆる「就職」ということだけでなく、地域から必要とされ、役割を担うことで、収入が得られ生きがいを感じる、そんな仕組みや関係性を広げていくような活動をしたいと考えています。
いつから起業を意識されましたか? どのような準備をしましたか?
私は大学で社会福祉を学び、ソーシャルワーカー(精神保健福祉士)として活動をしてきました。今でも、いちソーシャルワーカーとして活動をしている意識が強く、「起業」や「独立」という言葉は、あまりしっくりこないというのが、率直な気持ちです。ただ、これまでもNPOとして活動をしてきて、その中で意識してきたことは、障害のある方が無理なく利用することができる、ご近所で暮らす方々が活動に参加することができるなど、自分たちで完結しない、「地域に生かされる団体」でした。地域のつながりを大切にすることは、メンタルヘルスや就労に関する社会課題を広く周知する啓発活動につながります。そして、活動を知った障害のある方は、ご自身が受けられるサポートを知る機会にもなるのです。これまで活動に共感をした方が、団体の協力者となることもありました。正直、起業することを意識して行ってきたわけではなかったのですが、これまでのつながりが、KITARUの土台となっていることは事実です。NPOは、法人設立にあたり正会員が10名以上必要ですが、設立時にお願いした14名全ての方に賛同していただけたことは、本当に感謝をしています。
起業のきっかけはなんですか?なぜ起業したのですか?
これまでの活動で、メンタルヘルスや障害のある方のはたらく環境には、様々な課題があると感じています。例えば、こころの不調にうすうす気づいているにも関わらず、相談する勇気がもてない、あるいは、周囲に迷惑はかけられない、かけたくないなど、悩みを打ち明けることを躊躇してきた方が多くいらっしゃいました。また、障害や病気の経験のない方からすると、精神的な病気を患うことや障害をもつことは、自分には関係のないことと捉えがちです。就労という切り口では、障害者雇用は法定雇用率の達成を目的とすることが前提で、少し狭義なルールに縛られている印象があります。このような課題が複雑に重なり合い、人生の中で一度でも精神的な病気を経験すると、再び社会の中で活躍するためには、多くのバリアが存在しています。私はこれらのバリアを、病気や障害を実際に経験をした当事者の方や、地域で協力してくださる方と一緒に考えていきたいと思い、NPO法人を設立しました。障害の有無や生きづらさの度合いに関わらず、周りの人の想いに耳を傾ける気持ちをもてたり、勇気がなくても自分の気持ちを語ることができる居場所がある、そのような関係性を少しずつ広げていきたいと考えています。KITARUはこのような趣旨で、聴く(KIKU)語る(KATARU)を組み合わせた団体名にしました。
あなたの事業の強み、アピールポイントは何でしょうか?
NPO法人KITARUでは、就労支援センターKITARUとして障害者総合支援法に基づく就労移行支援事業という障害福祉サービスを運営しています。就労移行支援は、各団体によって提供する内容は様々です。KITARUでは、メンバー(利用する方のことを、施設を共に運営していく仲間という意味を込めて、このように呼びます。)同士の相互交流を大切にしているところ、メンバーとスタッフの距離感が近いことは、一つの特徴だと考えています。これは、就職するために求められるスキルを学習するプログラムももちろんありますが、それと同じくらい、はたらくことに対する不安を取り除き、自信を取り戻すプロセスを大切にしたいと考え、このような運営をしています。また、就労移行支援は利用期間が2年間となっています。利用期間中に、はたらく準備をして実際に仕事探しを行います。KITARUでは、卒業後にOBOGとして利用できるプログラムがあります。利用期間より卒業後の関わりの長いメンバーがたくさんいることも、一つの特徴だと考えています。
起業して感じることは?
KITARUのように主たる事業を社会福祉とする場合、良い事業が必ずしも収益につながらないということが特徴としてあげられます。例えば、社会福祉は法律に基づく事業をすることで事業収益が得られる仕組みです。しかし、制度はある程度顕在化したものが対象となっていて、制度では補いきれない課題(例えば、引きこもりなどの社会的孤立、自殺者数の増加、ヤングケアラーなど…)がたくさんあります。このような福祉課題にも取り組むことは、ソーシャルワーカーとして大切な視点です。しかし、経営という観点では、制度化されていない課題への取り組みで収益を得ることは難しく、残念ながら不採算部門を生み出すことにつながりかねないのです。KITARUは非営利団体ですが、それでもきちんとした団体運営を継続するための経済的な利益(エコノミックリターン)を得られるような体制を整え、それによって、地域に求められる社会的なインパクトをお返しする、そんな循環が作れる活動を目指していきたいと考えています。言うのは簡単ですが、実践するためには、様々な方の協力が必要だと実感をしています。まさに、KITARUが多くの力を借りながら「地域に生かされる団体」に育てていかなければならないということを強く感じています。
起業を志す方へのアドバイス
私自身、まだまだアドバイスができる立場にはないと思います。これからも、そのような立場にはなれないとも感じています。ただ、私がこれまで武蔵野での活動を通じて感じたことは、「助けてほしい」とお願いをすると、こころよく力を貸してくださる近隣にお住まいの方々、企業、行政、大学生などがたくさんいるということです。KITARUの活動に共感していただける方がいることが、少しだけ自信が持てるような感覚があって、不安を感じた時に、いつも助けられています。
アドバイザーからの一言NPO法人の事例ですが、ソーシャルワーカーとして長年培った経験の延長線上に、今回の起業があったのでしょう。地域での活動やつながりを大切にし、賛同の輪を拡げている森さん。誌面上では伝えきれない大変熱いハートの持ち主でもあります。まだまだこれからの分野なので制度が追い付かず、非営利団体ならではのご苦労も多々あるようですが、森さんの熱い想いに共感・賛同し集まった方々と乗り越え、武蔵野でさらにこの輪を拡げていただくことを願っています。 株式会社マネジメントブレーン代表取締役 社長 姫野 裕基 |